沼田賞受賞記念講演
都市部における湧水と周辺の環境
―和光市白子地区の身近な自然の保全と活用―
NPO法人 和光・緑と湧き水の会 理事 高橋勝緒1. はじめに
埼玉県和光市は、東京都の板橋区と練馬区に接する都市部にあり、近年の地下鉄有楽町線や副都心線の乗り入れ、東京外環自動車道の開通などに伴い、都市化の著しい地域です。荒川の低地に接する武蔵野台地末端部にあり、白子川や越戸川などの小河川が台地に入り組み、都市化の波を受けながら、斜面林や湧水が残存しています。その湧水や斜面林は、小規模ながら貴重な身近な自然であり、日常触れることのできる自然として、次世代に引き継ぐ必要のある都市環境であると考えています。当会では、このような"身近な自然を知り、親しみ、守る"ことをモットーに活動を続けています。
2. 和光市白子地区の特徴
当地区は、白子川を隔てて板橋区と練馬区に接し、およそ標高40mの台地と白子川(標高10m弱)の間に急斜面が連なり、その下部に多くの湧水が見られます。この地は、江戸時代には川越街道の白子宿として栄え、湧き水の豊かな江戸近郊の景勝地として記録され、地区内の熊野神社を中心に宿場町の名残を留めています。その湧水はかつての旅人ののどを潤し、また、関東大震災時には避難民を救う水ともなったと言われています。
(写真 左/白子宿の面影が残る屋敷、右/熊野神社 不動の滝)
現代では、地域の開発とともに湧水地や湧水量は減少したとはいえ、湧水周辺の斜面林を含め、市民が接することのできる自然の風情を留めています。斜面には、上部より関東ローム層、武蔵野れき層、東京層が見られ、武蔵野れき層の下部より湧水が染み出し、この地の数十万年の地史と湧水の仕組み、水循環の様子を見ることができ、付近の小中学校生の生きた教材ともなっています。また、斜面林には落葉広葉樹(イヌシデ、ムクノキ、ケヤキ等)が多く、その林床には多くの春植物(カタクリ、イチリンソウ、ニリンソウ、キツネノカミソリ等)を見ることができます。湧水の流れにはマシジミ、サワガニ、ヤゴ、プラナリヤなどの清水に住む水生生物、水辺にはオニヤンマやオオシオカラトンボなど、また四季を通して森に訪れる多様な鳥を観察することができます。このような湧水と水辺、斜面林が織りなす生態系は、都市部の小規模なものであるが故に生物多様性を感じさせる貴重な環境と言えるでしょう。
(写真 左/カタクリ、中/マシジミ、右/オニヤンマ)
3. 調査と保全
当会発足の契機は、1998年から2002年にかけての、和光市と日本自然保護協会と湧き水の会が進めた市民参加型の環境調査"和光市白子地区湧水地自然環境調査"および"和光市湧水自然現況調査"であり、市民参加者(主に当会の前身の緑と湧水と流れの会会員)を開発法子氏をはじめとするNACS-Jの専門家が指導して、環境調査の手法および現況把握の重要性を学ぶこととなりました。白子地区では、水文・地質、水生生物、植生、湧き水と人の暮らしの係わりなどの調査をし、さらにその経験を生かし、和光市全域の主要な斜面林や湧水地の調査を行ってそれぞれの報告書にまとめました。調査中、白子湧水群でのカワモズクの自生を確認し、また、半三池跡の急斜面に、埼玉県での唯一の生存と思われるヘラシダの発見がありました。
後にこのときの調査対象地のいくつかが"ふれあいの森"として、市が借り上げ、保全対象地となっています。一方残念ながら、このときの調査地で既に開発が進み失われた緑地もあります。
ふれあいの森は、現在市内に7か所を数え、市民団体と行政の協働で管理運営されています。市北部の新倉ふれあいの森では、2006年より当会が埼玉県の市民管理協定制度を利用し、市・地権者・市民団体の三者協定により管理運営を行っています。竹林と落葉広葉樹の森、その中にキンラン、ギンラン、ヤマブキソウ、キツネノカミソリなどが自生し、これら貴重種を含め、多様な植生を維持するよう保全を続けています。白子地区の大坂ふれあいの森では、1999年の調査を基に、湧水地とイヌシデやムクノキの急斜面林の植生、カタクリやイチリンソウなどの貴重植物の保全を継続しています。また、和光樹林公園では、その一角に "コナラ林"として、コナラ、クヌギ、クリなどを実生から育成し、多様な下草とそこに住む多くの昆虫を含めた生態系の保全に努めています。その他の午王山特別緑地保全地区や、上谷津ふれあいの森、越戸ふれあいの森などでは、これまでの調査や保全の経験を生かして地域の市民団体の活動に協力し、それぞれの特徴を生かした身近な自然の保護を進めています。
4. 活用と普及
身近な自然の活用として、保全活動を通しての人のふれ合い、緑地や湧水地を結ぶ観察コースをつくり、一般市民の参加する観察会やエコツアーの実施、また市内の小中学校での環境学習での観察会や講演などによる協力を積極的に行っています。特に白子地区の湧水や斜面林の植生の観察等では、これまでの地道な調査の経験が良く生かされています。
調査結果を基にした「和光市湧き水と緑地マップ(2002)」や「白子湧き水ふれあいマップ(2006)」を作製・配布し、また、単行本として「和光の身近な自然探訪(2002)」および「和光の緑と湧き水(2009)」を刊行し、小学校での教材として、また多くの市民に身近な自然と親しみその大切さを知る情報として好評を得ています。
環境保全と市の行政を結びつける、和光市環境づくり市民会議や、和光市緑地保全計画、和光市景観計画などの策定に参画し、これまでの自然環境やその保全に携わった知見と経験を生かす努力をしています。
おわりに、これまでの活動に対し、和光市環境保全功労賞受賞(2008年11月)、埼玉県第10回さいたま環境賞(2009年3月)、環境大臣賞・地域環境保全功労者賞受賞(2009年6月)の栄誉に浴し、さらにこの度の日本自然保護協会・沼田眞賞をいただく光栄に浴し、今後ともより充実した活動を広め、継続したいと感じています。
和光・緑と湧き水の会についての問い合わせは、高橋まで